2013年10月15日火曜日

有力アナリスト発言「金の時代は終わり」

米財政問題を背景に方向感の乏しい状況が続いている金相場に新たな懸念材料が加わった。貴金属調査会社の元貴金属部門責任者で金市場の信頼も厚い有力アナリスト、ポール・ウオーカー氏がこのほど来日し、金相場の急落を予言したためだ。思わぬ弱気派の登場は市場に衝撃を与えている。




■ウオーカー氏、セミナーで熱弁







アイソンド・グループCEOのポール・ウオーカー氏

 「金の時代は終わりを告げつつある」。8日午後、東京駅にほど近いビル内のホールでウオーカー氏は約170人の聴衆を前に熱弁をふるった。



 ウオーカー氏の論旨はこうだ。1990年代に金相場が下落し2000年代以降に一転して上昇したという相場の動きを、需給バランスで説明することはできない。金の実物需要は慢性的に供給過多にあるからだ。「有事の金」として一時的に買われることはあるが、いずれも一時的で長期の値上がりを説明できない。インフレによる資産価値の目減りを避けるために金を買う、という説も、2000年代の先進国は低インフレだったことから該当しない。



 結局、米国の名目金利から物価上昇率を差し引いた「実質金利」の騰落のみが金相場に影響を与えていたといえる。米連邦準備理事会が14年初頭にかけて量的金融緩和の縮小を始めれば実質金利も今後上昇する。そのときには金は再び急落し、14年前半にも1トロイオンス1000ドルを割り込むだろう。値下がりすれば現在は一大需要国である中国やインドの投資家も売りに回り、相場はさらに安値を追うことになる――。



 ウオーカー氏は貴金属大手の田中貴金属工業が主催したセミナーに招かれていた。聴衆は国内アナリストや商社の担当者も居たが、大半は田中貴金属の地金(じがね)や宝飾品を手掛ける特約店関係者。金のプロが発した超弱気予想に会場は水を打ったように静まりかえった。



 「自由に発言できる立場になったら、発言内容もずいぶんと変わったものだな」。講演会に参加した金融・貴金属アナリストの亀井幸一郎氏はあっけにとられながらウオーカー氏の独演を聴いていた。ウオーカー氏は調査会社トムソン・ロイターGFMSの元貴金属部門責任者。90年代から貴金属市場の調査を担ってきたが、12年に南アフリカ共和国で貴金属コンサルティング会社アイソンド・グループを設立、最高経営責任者(CEO)に就いた。調査会社の経営方針やコンプライアンスに縛られてきたウオーカー氏が長年秘めていた本音を話し始めた、そう捉えた参加者が多かったようだ。



 もっとも、ウオーカー氏の相場予想には異論も出た。「インドの消費者は金を子や孫のために購入する。中国も縁起物とみなす人が少なくない。果たして彼らは安値になって手放すだろうか」。セミナーの第2部に登壇し、ウオーカー氏と対峙したマーケットアナリストの豊島逸夫氏は疑問を呈した。



 金市場には長期運用目的の投資家もリスク分散の目的で一定数入っているとされる。豊島氏は2000年代以降に金を買った投資家の全てが下落局面で売るわけではないと指摘した。「金は(ワインの)ロマネ・コンティと一緒。短期運用する投機マネーが相場を押し上げた」と話すウオーカー氏に、豊島氏が「米国最大の年金基金がワイン業界に投資した例もある」と反論する一幕もあった。



 「南ア人のポールはアジア人のセンチメントを理解しづらいのかもしれない。彼は15年以降も弱気予想だが私は上昇トレンドに入るとみる」。豊島氏はそうセミナーを振り返る。



 米国の足元の経済・財政状況もウオーカー氏の相場見通しの前提条件を揺るがしつつある。田中貴金属工業の原田和佳子貴金属市場部長は「米国の景気回復が遅れ、量的緩和策が長引く可能性もある。すぐに金利上昇に転じるとは限らない」と指摘する。



■現物需要の評価分かれる







 「そこまで弱気になることはない」。セミナー後の懇親会で、他の聴衆らに囲まれ意見を求められたスタンダードバンクの池水雄一東京支店長はそう答えた。池水氏にはウオーカー氏が現物需要を過小評価しているように思えた。「インパクトはあり検証に値するがいささか乱暴」。2000年代に積み上がった地上在庫が今後10~15年で全て供給側に回り相場が1トロイオンス数百ドルの水準に戻ることは考えにくいとみる。



 金相場は今春以降2度の急落を経て年初から約3割安い1トロイオンス1300ドル前後で推移している。米財政不安という金の買い材料があるにもかかわらず、景気の先行き不透明感から9月下旬以降はほぼ横ばいが続く。投資家は現在米国の政治状況のゆくえに注目しており、アナリストの予想には無反応。だが亀井氏は「今後相場が下落した際にウオーカー氏の予測が思い出され、国内の市場参加者が弱気になるかもしれない」と指摘する。金市場に投じられた一石が将来、相場に波紋を広げるかもしれない。



(商品部 林さや香)

日本経済新聞 電子版配信

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