2012年3月12日月曜日

サウジアラビアが、原油輸入国になる?

日経ビジネスに、注目すべき記事があり
紹サウジアラビアが石油輸入国になる日
急増する国内需要、「アラブの春」の余波も
2012年3月12日 月曜日 大場 紀章


 前回の記事に対し、たくさんのコメントを頂きました。ありがとうございます。様々なご意見を頂きましたが、そうした声にこれから少しずつ答えていけたら良いと思います。

 初回という事で、まずは私の意見の大まかな部分を提示したくて、細部を端折りました。ただ、少なくとも、私がなぜ石油生産ピークを重視するのか、その妥当性についての説明と、原子力と再生可能エネルギーに対する考え方はいずれ示していかなければならないと感じています。そこまで連載が継続できるよう頑張ります。

 さて、今回はまた違った視点のお話です。


サウジの一人当たり石油消費量は日本の2.8倍

 「BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などの新興国の石油需要が増加し・・・」などとよく言われますが、実際にはどの国の需要がどれくらい伸びているのでしょうか。まず、石油消費量の増加が最も大きい国は、皆さんご想像の通り中国が圧倒的です。

 しかし中国に次いで増加量が大きい国はBRICs諸国ではなく、意外にもサウジアラビアだったりします(図1)。しかも、人口13億人の中国、12億人のインド、1.9億人のブラジルに対し、サウジアラビアの人口は約2700万人に過ぎません。この増加分がいかに大きいかがわかると思います。


 サウジアラビアは既に、米中日印露、に次ぐ世界第6位の石油消費国ですが、一人当たりの石油消費量は15.5リットル/日と、アメリカの約1.6倍、日本の約2.8倍にもなります。意外にもサウジアラビアの人々がかなり大量の石油を消費しているということがわかります。


図2 一人・1日当たりの石油消費量の比較

EIA統計および各国人口統計から
 サウジアラビアが国内の石油消費を急増させている背景には、以下のような要因があると言われています。

(1) 継続的な人口増加(人口増加率2.12%、イスラム教は避妊・堕胎が禁止、海外労働者移民の増加) (2) 高い経済成長率(2010年4.15%、2011年6.47%) (3) 生活の変化(自動車・エアコンの普及) (4) 安いエネルギー価格(ガソリン=約13円/リットル、軽油=約5.4円/リットル、発電用石油=2.7~4.3ドル/バレル)を背景にした浪費 (5) 夏期の電力需要の急増に対する石油火力での対応 (6) 多くの海水淡水化プラント (7) 産業政策としての石油化学工業振興  特に近年は5番目の要因が大きいと言われています。エアコンの普及に伴う夏期の電力需要急増に対応するために、火力発電向けの石油消費が約3倍(2008年比)になり、全石油消費の2割を超えるようになりました。


国内消費が輸出を脅かす

 急増を続けるサウジアラビア国内の石油消費は石油生産量の4分の1にも及び、既に輸出を脅かす水準に達しています。

 昨年の7月、サウジアラビアの著名な投資会社Jadwa Investmentが衝撃的な報告書を発表しました。それによると、

サウジアラビアの原油輸出量は2005年の7.5mbd(mbd: 百万バレル/日)から既に減少し始めている
国内石油消費量は2030年には6.5mbdまで増大し、原油輸出量は4.9mbdを下回る
としています。

 これをグラフにしたものが図2です。原油生産量が増加するのにもかかわらず、輸出量は減少してしまいます。

 この報告書では、原油生産量の予測としてIEA(国際エネルギー機関)のものを採用していますが、報告書のなかで「この生産量予想を上回ることは期待していない」とも言っています。今回はサウジアラビアの石油生産量についての細部には入りませんが、既に生産ピークを過ぎたという指摘も多くあることだけ付記しておきます。



図3 サウジアラビア石油統計とJadwa Investmentなどの予測

点線はJadwa Investmentの予測
 Jadwa Investment以外にも、サウジアラビア内外から同様の分析が出てきています。国営石油会社サウジアラムコのKhalid al Falih社長は、2010年頃にさまざま場所で「国内のエネルギー効率が改善できなければ、輸出能力は2028年までに3mbd減少するだろう」と述べています。

注:近年のサウジアラビアの石油生産には原油以外に約2mbd程度のNGL(Natural Gas liquid: 天然ガス液体)という天然ガス採掘に伴う液体成分が含まれます。通常「石油」とは、「原油」や精製された「石油製品」などを含む広い概念です。一方、Jadwa Investment の分析ではNGLを除いた「原油生産量」「原油輸出量」のみの議論をしています。そこで、この記事でも生産量および輸出量に関してはNGLを除いた「原油」のみを扱い、消費量に関しては石油製品を含む「石油」を念頭においています。実際にはNGLを含める方が現実に即しているのですが、データの引用における混乱を避けるためにこのように判断しました。その点を留意してください

 一方、OPECのサウジアラビア代表であるエコノミスト、Majedal Moneef氏(次期OPEC事務局長候補)は、2011年4月に「今後数年で輸出可能な原油量は10%前後失われるだろう」と発言しています。

 英国の由緒あるシンクタンク、王立国際問題研究所(通称チャタムハウス)は、2011年12月に発表した報告書の中で「2038年にはサウジアラビアは石油輸入国になる」と述べています。

 ほかにも、大手エネルギーコンサルタントのウッドマッケンジーや、ロシアの投資会社VTB Capitalも同様の分析を公表しています。


主たるエネルギー機関の分析には出てこない

 こうした話はあまり見聞きすることがありません。なぜなのでしょうか。

 日本で目にする主たるエネルギー統計や予想分析には、国際エネルギー機関(IEA)、米国エネルギー省(DoE)、BPなどの分析が使われることがほとんどです。しかし、ニューヨーク大学経済学部のDermot Gately教授らは、それらの主要機関の分析ではサウジアラビアの石油消費予測が“前代未聞なほど”低く設定されていると指摘しています。

 Gately教授によると、過去のサウジアラビアの経済成長と石油消費の関係から推測すると、2030年の石油消費量は7.2mbdと見積もられるのに対し、IEA(3.6mbd)、DoE(3.8mbd)、BP(3.8mbd)の予測はその半分に過ぎません。また、2030年の原油生産量に関してもDoE、BPが大きな生産増加を想定しています(図2)。

 このように、“主たるエネルギー機関”の分析では、国内消費量の予測も原油生産量の予測もかなり甘めに見積もられているため、サウジアラビアの原油輸出の将来は安泰ということになっています。その為、私たちが通常目にするのは、平和な予測ばかりになります。しかし、過去数年を見ただけでもそれらの機関の予測は毎年ことごとく外れ、厳しい方向に修正が重ねられています。権威ある機関だけでなく、より現場に近い声やセカンドオピニオンにも耳を傾けるべきではないでしょうか。


2014年には財政赤字になるとの予想も

 次にポイントとなることは、サウジアラビア政府の財政事情です。サウジアラビアなどの多くの産油国では、石油の輸出によって経済が成り立っているため、その国家財政も自動的に石油に依存しています。

 サウジアラビアでは、国民の不満を解消するために、石油で得た莫大な収入をエネルギーや水などに対する補助金という形で分配しています。ガソリンや電気は著しく安く設定されているため、浪費が進みます。水は電力を使って海水を淡水化して供給(住宅用の約6割、工業用のほぼすべて)しているため、安い水の浪費は即ち電気の浪費につながっています。

 すると、補助金額は膨らんでいく一方、輸出量は圧迫され歳入は減少するという悪循環に陥ってしまいます。石油価格の上昇によって生み出された構造が、さらに高い石油価格を必要とさせてしまうのです。

 既述のJadwa Investmentの報告書では、今後図2の予想通りに推移すると仮定すると、サウジアラビア政府が財政赤字を防ぐために必要な石油価格は2020年頃から急激に上昇し、2030年時点で1バレル321.7ドルという価格が必要になると試算しています。ただし、これは現実的なシナリオではなく、実際には2014年に財政赤字化することになるだろうと予想しています。


「アラブの春」が「シーア派の春」に転化する懸念

 そうした事態を防ぐには、補助金をカットして国内のエネルギーや水価格を引き上げ、需要と補助金の抑制を図る必要がありますが、それを簡単には実行できない事情があります。

 昨年末、南米のボリビアとパキスタンにおいて、政府がエネルギー補助金の廃止・縮小の方針を発表したところ、激しい抗議デモやストライキが発生し、その方針は即撤回されました。さらに、今年1月、ナイジェリア政府がエネルギー補助金を打ち切ったことで激しい抗議デモが発生し、多数の死者を出す事態にまでなりました。

 サウジアラビアでは、昨年末頃から東部のシーア派住民による民主化デモが活発化しており、“アラブの春”が“シーア派の春”へと転化するという懸念が強まっています。

 以上のことを鑑みると、サウジアラビア政府が安易に補助金を縮小できない事情がうかがえます。さらに、そうした暴動や周辺国を含む混乱に備えて軍事費(歳出の3分の1を占める)も拡大しています。


2030年までに原発を16基建設する予定だが…

 サウジアラビアでは、10年後に2基の原発を建設し、その後毎年2基ずつ増設して2030年までに計16基の原発を建設する計画があり、それによって電力の20%をまかなうとしています。ただし、その計画が事態の解決に間に合うのか、計画がどこまで実現するのかは不透明です。

 天然ガスの開発も拡大させていますが、サウジアラビアのエネルギー研究機関KAPSARC(King Abdull ah Petroleum Studies and Research Center)のある研究員によると、「外部のエネルギー機関が期待しているほどの天然ガス供給の拡大は難しい」とコメントしています。

 また、太陽光発電を中心とした再生可能エネルギーの開発にも力を入れています。しかし、アラブ石油投資会社の経済調査部長 Ali Aissaooui氏によれば、「太陽光発電はエネルギーバランスに大きな影響を与えないだろう」とコメントしています。

 このような石油以外の発電手段の開発は、電力部門の石油消費の抑制にはなりますが、これだけでは全体の石油消費増加を停止させることはできないでしょう。

 サウジアラビアは、かつては1バレル20ドル前後で石油価格を安定させる調整役としての役割を担ってきました。しかし、近年のサウジアラビアの言動を観察していると、あたかもその戦略は変更されたかのように見えます。つまり、何らかの要因で石油価格が上昇した場合に、様々な理由をつけて必ずしも十分な増産を行わないことで、高い石油価格を維持して悩ましい財政事情を切り抜けようとしているように見えるのです。しかし、その戦略もいずれ限界に達し長くは続きません。少なくとも、かつてのように世界経済のためではなく、自国の経済を最優先するという当然の傾向が顕著に現れています。


「輸出量」こそが輸入国にとって重要な数字

 世界最大の埋蔵量を誇り、世界第2位の産油国(現在の第1位はロシア)であるサウジアラビアの石油消費量が急増しているという事実から、何が言えるでしょうか。

 まず思い出さなければならないことは、石油の統計を見る場合、産油国の「生産量」ではなく「輸出量」こそが、私たちのような輸入国にとってより重要な数字であるという当たり前の事実です。全体の生産量は増加していても、輸出市場に出回る石油の量は減少しているということがあり得ます。

 世界の余剰生産能力の多くを受け持っているサウジアラビアにおいて、たとえ生産量を保っていても国内消費の増加によって輸出量が脅かされれば、世界の石油需給はさらにタイトになってしまいます。

 このような事態は、もちろんサウジアラビア以外の産油国でも起き得ます。長年にわたり日本などに原油を輸出してきたインドネシアは、油田の老朽化と国内需要の高まりによって2004年に純輸入国に転じました。そして今年1月、「基本的に輸出より国内需要を優先する」として、原油輸出の停止を検討していることを明らかにしました。日本がインドネシアから輸入する石油の量は全体の2~3%ですが、日本の火力発電所で燃やされる石油の約5割(東京電力・関西電力では約7割)は、環境への配慮から非常に良質なインドネシア産の低硫黄C重油であり、大きな影響が懸念されます。

 まして、サウジアラビアは日本が輸入する石油の3割を占めています。現在の傾向が続けば、サウジアラビアが輸出を減らさざるを得ず、現状は非常に悩ましいものと言えます。


「そもそも」から考えるエネルギー論
原発事故を受けて現在、エネルギー利用の新しいあり方について広く議論されています。その中では、「原発はダメで、自然エネルギー拡大を、でもそれには時間がかかるから、とりあえず天然ガス発電を増やす」という声がきこえてきますが、実はこの議論は日本のエネルギー消費の23%に過ぎない電気のことだけを語っているに過ぎません。エネルギー消費の5割を超える石油は、2020年ごろから生産減退することがかなりの確度で予想されています。安定供給が期待される天然ガスや石炭も、実は多くの問題を抱えています。その影響の大きさは脱原発の比ではありません。果たして、我々はエネルギー問題にどのように向き合えばよいのか。表層的な議論に流されず、「そもそもどう考えるべきか」を問題提起していきます。

介させていただきます

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